行動経済学「所有効果」を使って、子どもが「貯めたお金」を大切にする気持ちを育むヒント
行動経済学で考える、子どもと「自分のお金」の関係
子どもがお小遣いを貯めるようになっても、せっかく貯まったお金を使うのを極端にためらったり、逆に一度手に入れた物を手放したがらなかったりといった様子を見せることはありませんか。このような、自分の持ち物や一度手に入れたものに対して、特別な価値を感じる心理は、行動経済学では「所有効果(Endowment Effect)」として知られています。
この「所有効果」を理解することは、子どもがお金や物に対してどのような価値観を持つのかを知り、より良いお小遣い教育につなげるためのヒントになります。今回は、所有効果がお金に対する子どもの心理にどう影響するのか、そしてそれを踏まえてどのように声かけや環境作りができるのかを考えてみましょう。
行動経済学における「所有効果」とは何か
所有効果とは、ある物を自分が所有している場合、それを手放すことに対して、所有していない場合にそれを手に入れることよりも、高い価値を感じる心理現象を指します。つまり、自分が持っているものに対しては、それを失うことの痛みをより強く感じるため、実際的な価値以上に高く評価する傾向があるのです。
有名な実験では、参加者をランダムに2つのグループに分け、一方にはマグカップを与え(所有者)、もう一方にはマグカップを与えずに売買を行わせました。結果として、マグカップの所有者は、それを持っていない人よりもかなり高い価格でなければ手放さない傾向が示されました。これは、マグカップを「所有している」という事実が、その価値の感じ方を変えてしまうことを示しています。
子どもの「所有効果」とお小遣い
この所有効果は、子どものお金に対する態度にも表れることがあります。例えば、
- 貯めたお小遣い: 自分でコツコツ貯めたお金は、「自分のもの」という意識が強く芽生えます。そのため、たとえ何か欲しいものがあっても、貯まったお金を使うこと(手放すこと)に抵抗を感じ、「もったいない」という気持ちから使えなくなることがあります。これは計画的な支出や貯金の習慣につながる良い側面もあります。
- 手に入れた物: お小遣いやお年玉で買った物、あるいは親から与えられた物も、「自分のもの」として強い愛着を感じやすくなります。他の人に貸すのを嫌がったり、少し壊れただけでもショックを受けたりするのは、所有効果が影響している可能性があります。
特にお小遣いにおいては、「自分が努力して得たお金」「自分の判断で管理しているお金」という認識が強いほど、所有効果が働きやすくなります。
所有効果をお小遣い教育に活かすヒント
子どものお金に対する所有効果を理解することで、お小遣い教育に役立てられる視点があります。
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「自分のお金」という意識を育む: お小遣いをただ与えるだけでなく、「これはあなた自身のお金だよ」と明確に伝え、子ども自身に管理させる機会を与えることが重要です。貯金箱にお金を入れる、お小遣い帳をつけるといった行動は、「自分のお金」という所有意識を高め、所有効果による「失いたくない」という心理が貯金行動を促す方向へ働きやすくなります。
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「使う」ことの計画性を促す: 貯めたお金を「失う」ことへの抵抗感が行き過ぎてしまい、本当に必要な物や価値のある経験のためにも使えなくなることもあります。この場合、単に「使いなさい」と言うのではなく、「何のために貯めているの?」「このお金でどんなことができるかな?」と問いかけ、使うことによって得られる価値に目を向けさせることが大切です。所有しているお金を「どう使うか」という主体的な選択を促すことで、所有効果を「漠然とした温存」から「目的を持った活用」へと誘導します。
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お金が増える体験を可視化する: 所有効果は、自分が持っているものが増えることでも喜びを感じやすくなります。貯金箱が重くなる、通帳の数字が増えるといった物理的・視覚的な変化を子どもと一緒に確認することは、「自分の財産が増えている」という実感を与え、さらに貯めるモチベーションにつながります。小さな目標設定とその達成を祝うことも効果的です。
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計画的な「手放し」(支出)の練習: お金を使うことは、ある意味で「手放す」行為です。この手放すことへの抵抗感を和らげ、賢く手放す練習をさせましょう。衝動的な「手放し」ではなく、「これを買うために、このお金を使う」という計画的な「手放し」を経験させるのです。購入したいものリストを作ったり、金額を比較検討させたりすることで、感情的な所有効果だけでなく、合理的な判断を伴う支出の習慣を身につける手助けになります。
まとめ
行動経済学の「所有効果」は、子どもがお小遣いに対して感じる価値や、お金を使う・貯めるという行動の背景にある心理を理解する上で役立つ概念です。自分のものに対する愛着や、それを失うことへの抵抗感といった所有効果の特性を教育に活かすことで、子どもは単にお金を貯めるだけでなく、「自分のお金」をどのように扱い、どのように価値を生み出していくかを主体的に考える力が育まれることでしょう。子どもがお金と賢く付き合うためのヒントとして、この「所有効果」の視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。